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著者は日本生まれのイギリス人。


私の周辺で俄かにブームになっている、カズオ・イシグロ。
読んでみると、確かにおもしろいです。好む人にはとことん好かれそう。


これがどんな小説かということは、語られるべきではないこと、解説されるべきではないこと、なのですよ。おそらく。
ネタバレ禁止!というわけではないけれど・・・
もしいずれこの本を読むことがあるとしたら、何の予備知識も持たずに読んだ方が絶対にいいから。


この本に書かれている世界は、全てが緻密に設定されている。
"そこ"には完成されたパラレルワールドがある。
向こうの世界で起こっていることを、薄ーーーく切り取って淡々と綴ったのが、この小説。
3割くらいしか説明されていないので、あとは全てが読者の思考力と想像力次第ね。

読み進めていくと、「あ、そういうことなのか」ということが、途中からどんどん分かってくる。
でも全部は分からない。
全ては分からない。
おそらく、きっと、こう・・・かな?というだけで。

登場人物が全て「向こう側の人」なので、「向こう側の人」が語る時の立場も、背景も、思考回路も、全てが「向こう側」なのよ。
だから、読者(こちら側)の感覚とはピタリと一致しないの。


ものすごく抽象的だわ。



残酷な話だ、とか
怖い話だ、とか
人によって感じ方はいろいろだけど、私は「残酷」や「怖い」というよりも、「自分はどうなんだろう?」と自分に置き換えて考えこんじゃったなぁ。

「死」を、「残酷」とか「怖い」と捉えますか?
ってことなのかも。

私たちはみんな「死」に向かってひた走っているわけだけど、だからと言って「目的が死」なのではなく、目的はあくまでも生きることである。

「生きる」ってことを積み重ねて、その先に「死」というゴールがありますよー。

と、考えられるということは幸せですね。

そんな感想です。

(まぁ、でも、、、「生きる意味」を見つけることやら「生きた証」を探すことやらを強制するのはいかがなものかと思ってしまう。)




小説の世界が静かで綺麗で、しかもとても読みやすいです。
でも説明が少ない(もしくは無い)ので、ちょっとした一言や、小さな仕草の描写一つから、状況を読み取らなければいけない。さりげない言葉一つに大きな意味が含ませてあったりするから。

だからね、こうゆうのは「好きな人はとことん好き」なんだろうなぁ、と。


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毎度お馴染み、フロスト警部シリーズの最新刊。

どこかにストイックに偏り過ぎることがなく、まんべんなくおもしろい。
人間模様がおもしろいし、連載ものにありがちな「お約束」も満載で、憎めないキャラクターに和むし、、、このシリーズは安心感を持って楽しむことができます。

作者がもう亡くなっているんですよね。
まだ日本語訳されていない作品は、あと2つ。

早く読みたいけど、出し惜しみしてほしい・・・

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<ことばを使う行為>を通して、私たちはどのような女/男であろうとしているのか。<ことばを使う行為>はジェンダーの権力関係にどう左右されるのか/どう変革しているのか。ジェンダーに関するイメージ・規範・カテゴリーは<ことばを使う行為>によってどのように作り上げられ正当化され普及しているのか?


私は浅ーーーくしか理解できてません。

アプローチのしかたとしては2つ。
・女/男がどのような「ことば」を使うか
・どのような「ことば」で女/男が表わされているか



「サピア・ウォーフの仮説」とは、現実認識と言語との密接な関係を指摘したもので、その解釈には以下の2通りがある。

「「現実はそれを認識する主体が使用している言語によって異なる」という言語相対論」

「「主体が現実を認識する方法は言語によって決定される」という「言語決定論」」

後者の解釈は否定されているんだって。



「現実はそれを認識する主体が使用している言語によって異なる」

とは、なかなか重い。耳に痛く、心に重い。

同じ現実を見ていても、口にする感想が人それぞれ異なる怪。

それじゃ、同じ言語(感想)を口にしている者同士は、同じ現実を見ているってこと?
矢印を逆にしても成り立つ?


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ちょっとおもしろい雑学本、って感じです。
タイトルの付け方がうまい。


「おままごとボーイの謎」がおもしろかったな。
N*Kの「きょうの料理」に出てる後藤アナが、なぜ人気なのか?ってところから始まる。
女の子は「一緒におままごとをしてくれる男の子」が好き。
しかし、現実のパートナー選びにおいては、この「おままごとボーイ」は好まれない。
つまり、「おままごとボーイが好き」と言っている時の「好き」は、「自分のパートナーとしては魅力的ではないが、家族の一員とするには好ましい」というタイプの「好き」なんである。

この傾向を、男性は敏感に感じ取っている。
男性たちは女性から好まれるため、モテるために、「おままごとボーイ」になろうとする。

が、結果としてモテない。

なぜなら女性は「おままごとボーイ」を自分のパートナーにはしたくないから。

擦れ違い・・・


そしてまた、世の「おままごとボーイ」は自らのマッチョを抑圧した偽造「おままごとボーイ」であるので、ふとした瞬間に爆発してDVに走る。

悪循環・・・


若い男の子でもオジサンでも、女性の集団の中に違和感なく入っていける人って、いますよね。
女の子達がお茶してる席にスンナリ入れちゃう男の人。
ソフトな表情で、紅茶なんか飲んじゃったりして、ケーキ(スウィートと呼ぶか?)なんかつついちゃったりして、「冷房、ちょっと寒いね」とか言っちゃったりして、、、

今思い起こしただけでも3,4人は頭に浮かびます。

姉や妹に揉まれて育った男の人によく見られる傾向だと思うわ。

こういう男の人のことを、「あいつは男らしくない」などと罵る男もいるけどさ。
そういうこと言う人に限って、いざという時にナヨかったりするよね。
ついでに言うと、こういう人たちは居酒屋に飲みに行くのが好きで、飲んだ後はラーメンで〆るか、風俗に行くかで、周囲の人たちには自分の亭主関白っぷりをアピールし、絶対に自分では認めないけど「おかん大好き」で、女の子のことをすぐに「お前」呼ばわりして、ちょっと仲良くなると「俺って実は寂しがり屋で」とほざき、、、、、、、
あ。イライラしちゃった。

でもね、結局のところ、パートナーにするのは、こういう凡庸な男の方が正解だったりするよ。
操縦しやすいし。

それじゃ、「おままごとボーイ」はどんな女性とパートナーになるのかしらねぇ。


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学生の頃から繰り返し読み返してきている小説です。

言葉遣いも、浮遊感も、締め方も、適度に好みで愛おしい。


10代の頃は、"ニッコリ笑って二本の腕を差し出す"サチ子の媚態に憧れてたなぁ。
「青鬼赤鬼とでも一緒にいたい、どんな時にでも鬼でも化け物でも男でさえあれば誰でも私は勢いっぱい媚びて、そして私は媚びながら死にたい。」と願うサチ子に。


それがいまや、久須美の姿に同調してしまっている。
「恋に盲いる先に孤独に盲いている」姿に。


彼のような魂の孤独な人は人生を観念の上で見ており、自分の今いる現実すらも、観念的にしか把握できず、私を愛しながらも、私をでなく、何か最愛の女、そういう観念を立てて、それから私を現実をとらえているようなものであった。



女としてはどちらが幸せなのかしらねぇ。

刹那の幸せを味わうか、
孤独の中で観念を守るのか。




何度読んでも美しい小説です。

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