Live
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ただでさえ腐ってんのにさー。最近はほんとに腐ってる。
あ、私の話ね。私が腐ってる。
まずはライブの見方が腐ってる。前は「あえてドラムしか見ないぜ!」、「バンド丸ごと好きだけど、ドラム盲目過ぎて目が離せない!」というものだったのに、今はもう、「当然のごとくドラムしか見てません」、「むしろ耳のフィルターでドラムの音だけ抽出して食ってます」、「視界にベースが被ると舌打ちします」、「会場中がギターの挙動に注目している時もドラムから目を離しません」になっている。
うん。腐ってる。
そのくせ前には行かないところも、ダメ。
それからー、東京近郊の日帰りライブを蹴ってでも地方遠征したいと思う。
だって地方の方が居心地いいもん。「ただ単純に楽しみたい」という人が集まっている(ように感じられる)ので。
東京ってさぁ・・・「放課後の過ごし方 : 月曜サイバー、火曜エリア、水曜ロクメー、木曜ホリデー、金曜エリア再び」みたいな人、いるじゃん。床から生えてるみたいな女子が。ライブ見に来てんだか、何かを狙いに来てんだか分からない女子が。狙いっつーか狩りっつーか潰しっつーか私はよく知らないけど目つきがおかしいよ!
地方には地方なりの客がいるけど、遠征客はアウェーなので、むしろ安全(?)。「あ、東京から来た人ねー。おつかれさまー」くらいの感じで。
あそっか。
ライブ同行者っていうのは、自分の存在感を薄めるためのものなのかもしれん。
バンギャルが1人でいるよりも、似たようなバンギャルが2人でいた方が存在感が漸減し、3人で固まってるとさらに薄まる。
つまり、、、1人だと100だったものが、2人だと(200ではなく)80×2=160になり、3人だと(300ではなく)50×3=150になるっていう算段。
集団になってると「女子の団子」にしか見えなくて、みんな同じに見える。
それがだるい。と思ってしまう私は、きっと腐ってる。
対バンを見ている時は座らせろ、とか。
500円上乗せして一般客から隔離された席に座りたい、とか。
缶ビールじゃなくて生ビールをグラスで飲みたい、とか。
平日のライブは22時開演、とか。
ほんとにそんなことしたらつまらなくなるんだろうけど、今存在する「つまらなさ」は少し解消するんじゃないかとも思う。
言葉の節々に真悟への不信感が滲み出ている私は腐ってる。
ニッコリ笑いながら「真悟大好き」と言うことはできますが、喉に引っかかる異物感。好き・・・なんだよ。嫌いになる理由が見つからないから、それなら好きってこと、かなぁ?言ってることも正しいっぽいし、いろいろ考えてるっぽいし、才能あるっぽいし、演奏上手いっぽいし、インストのトークもちゃんと寒いし、ブログ等々でビジュアル系みたいなこと書いてるし、、、バンドに新加入したメンバーとしては十分に及第点のはず。
それなのに、なぜ。
私が腐ってんのか、あいつが腐ってんのか。
不信・・・。
それでも全否定できないのは、あっくんが真悟さん大好きだからです。その一点だけで踏みとどまってる。
んで、いつのまにか、Sugarに対する私のプライオリティは、真悟とシズナが逆転してる。(真悟>シズナ)
だってあいつ、注意して見とかないと、下手なことしでかしそうだ。目を離すと危険。あっくん連れてどっか行くんじゃないかと心配している。
シズナはほっといても野原を走り回って生きていくだろう。
(あ、ロキさんは殿堂入りしてるんで、ランキングには参加してません。)
真悟に関してはねー、イライラしてる時に誰かから突っつかれたら、ウッカリ下手なこと言ってしまいそう。他のメンバーなら「ウッカリ」ではなく堂々と下手なこと言うけど。真悟への「ウッカリ」は、そんなウッカリしたらウッカリ私が刺されそうで怖い。
あっくん髪伸ばさないかなー。伸びやがれ!そして黒く染めたまえ!かわいいとか言われやがって。イケとか言われやがって。
こないだ大阪に遊びに行った時、JR券売機で私の前に並んでた人があっくんだった。もとい、あっくんにそっくりな男子中学生だった。金髪でね、シャカシャカしたジャージ着ててね、便所サンダル履いててね、眉毛が無くて、顔薄かった。あっくーーーん・・・。金髪あっくんは、後藤さんの言うとおり、田舎のヤンキーなんだわ。
これ失言?失言じゃないよねぇ。
これ言って篤人ファンに刺されたら、それはそれで本望かもしれん。
むしろ刺してくれるほどの篤人ファンに出会えたことの方が嬉しいかもしれん。
出会えて嬉しくても、すぐに刺されて死ぬんだけど。
本命以外に傾ける情熱がないの。一点集中型なの。だから何よ。
だから、考えれば考えるほど、ディスパの冬ツアーには行かない気がしてきた。ヘタレなツアー組みやがってよぅ・・・。遠征させろー。水戸やら宇都宮やら高崎に行くくらいなら、WEST3回やる方がいい。それか福岡1回。
お粗末。
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色、ねぇ・・・
景色、ねぇ・・・
考えてみると、Sugarを聞いて景色が見えたこと・・・あるかな。
ないかも。
私も「聴覚からの刺激だけで景色が見える音楽」っていうのは好きだけど、Sugarでは・・・うーん・・・。
ディスパの「SCREEN」は景色が見えるよ。ライブじゃなくても、ただCDを聞いてるだけでも、景色が見える。
色かぁ・・・
夏の憂鬱は黄色じゃなくて透明だと思ってた。私にとってラルクの曲はクリスタルなんですよねぇ。
色・・・。(考えている)
Sugarというと黒、暗黒、黒蜜、くらいしか色が思い浮かばない。
色というか、そもそも色気がないからなぁ。
4人4様(殊入れたら5人)だけど、それぞれ違うニュアンスで「かわいい」と思うの。
ロキさん・・・かわいい。
シズナ・・・かわいい。
真悟・・・まぁアレだけど一応かわいい。
篤人・・・たぶん一般的にはかわいい。
殊・・・毒も含めて正当派にかわいい。
「かわいい」っていうのは、色気と相反する評価だよなぁ。うーん悲しいほどに色気を感じない。それもこれも、出発地点でテクニックに偏りすぎているからだよ。きっと!理由はそれだけじゃないけど、理由の一つではあると思う。
バインはね、景色じゃなくて、空気を感じる。匂い付きで。
夏の終わりの夕暮れの空気、とか。
最終の地下鉄で一人うずくまってる空気、とか。
「コーヒー付き」では珈琲の匂い(え?単純?)。
バインの音楽はね、酔うんですよ。脳みそ鷲掴みにされて掻き混ぜられてるみたいな気分になる。実際にそんなことされた経験ないけど。
ただ聞いてるだけで、短編映画を何本も連続して見ているような気分になれるんだから、お得よね。
景色・・・じゃないけど、前のSugarには色艶があったかも。色というのか、艶というのか、、、それが湿度っていうもの?そこにいるだけでシットリ甘くなるような、湿った空気。「音楽が」というよりも、「ライブが」そうだった。まぁ、私ははまっていなかったので、微かな記憶を辿っているわけですが。うーんそう考えると、今のSugarにはそれがないような気がしてきた。うむむ・・・。
色、ねぇ・・・。(まだ考えている)
あのさ。
色でも景色でもどっちでもいいんだけど、「色が見えた」と感じるのは、見ている側でしょ。つまり、こちら側。客。ファン。
客が「色が見えたよ」、「景色が見えたよ」と言うことで、彼らは満足するのかな。
自分たちが演奏していて「景色が見えた」と感じることを目指しているのか・・・いや違うよなぁ。真悟が話しているニュアンスからしても、「音楽を聞いていて景色が見えることって、あるよね。そういうのを目指したい」ってことだろうし。
目標とするところが他人(の感覚)任せっていうのは、難しいね。しかも相手はファンだからね。
いや、まぁ、大したことじゃないんだけどさ。
「どういう音楽を目指すか」って話で、「景色が見える音楽」と言ったところで、その目標が達成されたかどうかは、どうやって知るんだろう?と、ふと疑問に思っただけ。
たぶんあれだ、アーティストに理屈は必要ないんだわ。凡人の屁理屈は。
さらに理屈なんですが。
もし今後、真悟や篤人が創った音楽を聞いて、私がえらく感動して「こんな景色が見える!」などと感じたとしても、本人には言わないよ。
は、、はずかしくて言えない・・・!
日記には書くだろうけど!
「この曲を聞くと、こんな風景が目に浮かぶんです」って・・・
ダメ!恥ずかしい!そんなこと言ってる自分を想像するだけで恥じ入る!
やっぱりアーティストは違うわぁ・・・
色・・・。(しつこい)
秋の夜長の宿題にしとく。
私、全く知らないんですけど。(前置きです。)
SUICIDE ALIは「何のためにステージに立つのか」が明確なんじゃないかと。
SUICIDE ALIが簡単なバンドだと言いたいわけじゃないです。語弊のないように・・・。
見せようとしているものは複雑怪奇であっても、「どうしてステージに立って表現しているのか」というところは、ちゃんと説明が付いている、ように見える。
私は全く理解できていないと思うので、違ったらすみません。
「こちらの世界」と平行して、「SUICIDE ALIの世界」というものが、ちゃんとあるんでしょ。パラレルワールドのように。で、その「SUICIDE ALIの世界」をちょっとづつ見せてくれるために、ステージがあるんでしょ。
そんなイメージ。
すごく分かりやすいと思うんですよ。
SUICIDE ALIのステージに出てきたあの生き物たちは、私たちと同じ人間ではなく、向こうの世界からやってきた不思議な生き物です!
だからね、私も早く見に行きたいんだけどね・・・
私、ほんとにね、見失ってる。
妄想が生きる糧なのに、妄想の種がない。
あーそうそう。
非常に強く疑問に思ったのですが。
ライブって、その世界に浸って、いろんなことを考えまくる時間なんですよ。妄想も炸裂するし。みんな、どうしてあんなに「ライブ同行者」を求めるんですかね。いや、同行者がいれば楽しいってことは、分かるんですよ。同じものを好きな人たちが集まれば楽しいし。ライブの後に一杯飲むのも楽しいし。マニア達と騒ぐのは楽しいし。Sugarのライブだって、都合が合えば友達と一緒に行くので、それはそれで楽しいんだ。
でもそこで、こちらの妄想とあちらの妄想が合致すること(つまり、共感みたいなもの)って、ほとんどないです。というか正直、今まで一度もないです。ないけど、ライブの感想を言い合えるのは楽しいから、それでいいと思ってる。
こういうの、映画と一緒だと思うんだ。
かなり以前、男の人と映画を見に行って、その後に食事をしたことがあってね。その映画はフランス映画で、明確に起承転結があるものではなかったから、見終わった後に私は黙り込んで考え事に耽ってたんですよ。大して仲の良い男性じゃなかったし、私は一人でその映画のことをもっと考えたかったけど、なんとなく流れとして食事に行かないわけにもいかなかったから付いて行ってー。
(考え事って、時間をおくと途切れちゃうじゃないですか。掴みかけたものを一端手放すと、後からまた掴むことができなくなるんですよ。だから掴みかけたところで手繰り寄せておかないと、取り返しがつかないんです。)
で、私の頭の中は映画の謎解きでいっぱいで、それ以外は何にも頭になかったので、ついうっかり「さっきの映画ってさ・・・」と話し始めちゃったんですよ。そしたら、それに対する返答がことごとく食い違っちゃって、ね。「ち が う よ !」と。彼の解釈が間違ってるとかそういう話じゃなくて、彼は映画自体に興味関心がなかったんですな。熱意の差ですよ。そういうのがあると、「あぁ・・・言わなきゃよかった・・・」って思う。
と、ここまで書いたところで、今日の篤人さんのコラムもどきを読んだ。
思いついたままに。独り言なので脈絡もないしどうしようもないし。
久しぶりに目を向けてぼんやり考えてみた。
V系の楽しさって、なんだっけ。「こういうものがあるから、V系が好き」と信じていたところの「こういうもの」が、最近、全く、感じられない。でも「こういうもの」が何だったのか思い出せないから、「足りない」とどこかに誰かに文句付けるわけにもいかず、曖昧な不足感と欠乏感を感じながら悶々としているわけ。あまりにも感覚的すぎて、「これ!」っていう明確な説明書きが見当たらないよ。
目の前にはギターがあります。
それを、どうしますか。
「弾く」、という選択肢。
「もっと上手くなりたい」、「難しいフレーズを弾けるようになりたい」、「テクニックを磨きたい」という向上心。
うん、真っ当ですね。
でもそこで「叩き壊す」という選択肢も、あるのです。
「舐め回す」という選択肢も。
「ギターは自分を可愛く見せるためのアクセサリー(by猟平)」という考えもある。
だから、まぁ、何のためにステージに立つのか?という話ですよ。
それを推測して遊ぶのが楽しいから、V系が好きなんじゃないかなー。私は。
「好き」・・・うーん・・・「好きだった」?
何のためにステージ立ってんの?って聞いたら、バンドマンはどう答えるんでしょう。インストで質問する勇者はいますか?
よく、「表現したいことがあるから」とか「見てみたい景色があるから」とかいう台詞を聞きますが、「それって、つまり、何?」と更に掘り下げたら、何が出てくんの?
繰り返しになるけど、そこのところを「推測して」、「勝手に予想して」、「一人遊びする」のが、楽しいんです。だから、それをどうしても知りたいってわけではないんです。
ただ、向こう側にはちゃんと「答え」があるのかなー?って、思った。
こちら側は、向こう側に何かしらの「答え」があると信じていて、でもそれは知らないし知りようもないので、勝手にあーでもないこーでもないと推測して楽しんでいる。でもそれは「向こう側にはちゃんと答えがある」という前提の上に成り立っているのよね。
ライブで対バンがある時は、なるべくちゃんと見ることにしているけど、(私にとっては)何がしたいのかよく分からないバンドが結構ある。私が求めるものと時代が求めるものが食い違っているんだ、と、そう思うことにしているわけですが。
上手くなりたいというのも結構。ファンのみんなと楽しみたいというのも結構。そりゃ結構、結構、結構ですよ。でもね、「はいはい結構ですよー」と言いながら全てを受け流していると、ふと後ろを振り返ってみたら誰もいなかった!という感覚に襲われるんです。顔がない。のっぺらぼうの行列。
掃いて捨てるほど存在する有象無象の中から一歩抜けていくには、上手いだけではなく、何かしら光るものが必要なんだと思う。「一歩抜ける」の意味は、「動員が増えてメジャーにいく」という方向性もありつつ、「インディーズの掃き溜めだけど熱く見つめるファンが付いている」という方向性もあり。アンミュレなんかは後者なんじゃないかと。
一番ダメなのは無関心、無干渉です。「また見たい」、「どーーーーーしても見たい」と思わせなければ。「あれば見る(かも)」というのでは、ダメなんだと思いますよ。
何でやるのかって、望まれているから、待たれているから、でしょう。
何を念頭に置いて考えていたのか既に見失いました。
続く。
ノーベル賞、取りましたね。
36年前の研究について、今。
「受賞はおおよそ予想してました。」と言ってしまいつつ、「テレビ的においしいだろう」という配慮から、わざわざ「バンザ~イ」とやってくれるサービス精神。
私は素人の凡人なので、「素粒子って何だっけ?」ってレベルです。
すごいんだろうね。
3人+1人の経歴を眺めていたんだけど、あまりに華々しい人生でアクビが出た。
国立大を出て、東大やら京大やらで、学士院で文化功労者で・・・
表の道を歩んでいる方々。
前にカミオカンデが受賞した時、小柴さんの田中さんに対する態度があまりにもあまりにもで、「あぁ・・・学者の世界っていうのは、ものっすごい閉鎖的なんだなー」って改めて思った。
世の中のつまらないところは東大でできています。
表の道を華やかに歩いている方々は、自分たちの世界が全てです。
そして、そうじゃない人もいると思います。
ノーベル賞は、めでたい。
でも政治とカネの匂いがする。
こんにゃくゼリー、製造中止だってね。
「それ、ちょっと違うんじゃないの?」っていうのは、分かる。
でも製造中止にした思考回路も分かる。
マンナンライフの意向はともかく、製造中止を促した行政および政治家の考えは予想がつくので。
結局、対症療法しかないんだよ。
こんにゃくゼリーを食べて、喉を詰まらせて亡くなった方がいました。
しかもそれは幼い子どもでした。
小さな子どもや老人など、嚥下機能が低下した方々は、こんにゃくゼリーを食べると喉を詰まらせる可能性があります。
そういった一部の消費者に危険をもたらす(ことが判明した)食品について、どのようにして安全性を確保するべきでしょうか。
危険性を商品パッケージに記載して、「注意喚起しています」という保険をかけてみました。
それでも(勝手に)食して喉を詰まらせる人がいました。
さて、次はどうしたらいいでしょうか?
そこまできたら、確実に有効な対策なんて、ないですよね。
子どもや高齢者には食べないように(もしくは食べさせないように)すればよい。
でも勝手に食べる消費者はいるんです。無責任に。
勝手に食べて、勝手に喉を詰まらせるんです。
そして、いざ「喉を詰まらせて子どもが亡くなりました」という事態になった時、世論はどこに責任を押し付けるでしょうか。
製造元(マンナンライフ)と行政、です。
「注意が書いてあるのに勝手に食べた方が悪い」と言えるような勇気ある人はいません。だって、みんな自分がかわいいから。
でも怒らないわけにもいかないので、どこかを責めるわけです。
その矛先が、製造元と行政に向かう。
製造元としては、「喉に詰まらないこんにゃくゼリーを開発、製造して販売する」という道もある。
行政としては、「注意喚起をより徹底する」という道もある。
でも今のところはその目処が立たないから、「とりあえず」製造を留保する。(=製造中止にする。)
野田聖子の発言を見ていても、マンナンライフの発表を見ていても、「ごめんなさい、もう二度と製造しません」というものではないですよね。
「今のところ確実な対応策が見つからないので、それまでの間は製造を中断します」というものでしょう。
野田聖子は事故に対する再発防止対策を要請して、でもマンナンライフはそれについてすぐに対応することは難しいと判断した。だから、とりあえず製造は中止して、対応策の検討に入る。
妥当な結論だと思います。
でも本当はね、それではいけないとも思います。
消費者もリスクを背負うべきだし、既に過去に事故が起こっているのだから危険性を自覚しなければいけない。
こんにゃくゼリーなんかよりも危険なものはいっぱいあって、禁じるべきものも山のようにあります。
でも今、こんにゃくゼリーが旬の話題だから。
事故が起きました。で、どうするんですか?って話になるわけですよ。
責められた方は「えーっと・・・困ったな・・・とりあえず製造中止にしとけ!」っていうことになるんです。
きっと、そんなもんですよ。難しいことなんて、なーんも考えてない。
臭いものには蓋、です。
面倒なものは見なかったことに、です。
「こんにゃくゼリーを食べて亡くなる方はいても、こんにゃくゼリーが食べられなくて死ぬ人はいないでしょ」って、それくらいのもんだと思います。
ほんとに、そんなもんだと思いますよ。
では、何が癌なんですかね。
何か事件が起こるとすぐに「犯人探し」をする癖は、いつからですか。
「こんなことが起こったのは、○○が悪いからだ」、「悪いのは○○だけだ」、「○○を責めろ」と、一斉に雪崩を起こす風潮は。
扇動されやすい民意というのも問題です。
だからと言って、ただ単にメディア批判をすればいいってもんじゃありません。
こちらが、ナメられちゃいかんのですよ。
「民度が低い」と言うところの「民」に、自分も含まれているんです。
そこに付け込んでくるんです。
つまり、バカにされてるんです。
チョロいだろうと、ナメられてるんです。
こんにゃくゼリー、おいしいです。好物なんです。凍らせて食べるのも大好きです。
こんなおいしいものを食べられなくなるのは嫌です。
本当は何をすべきなのか、考えなくちゃいけない。
でもそれは非常に難しくて、今やろうとしてもおそらく無理。
だから「とりあえず」しかできない。
要は、力量不足です。
http://mizuhofukushima.blog83.fc2.com/blog-entry-1022.html
やるべきことは、こういうことではないと思うんですよ。
そして、幼稚園は児童福祉施設ではありません。
私は今回の騒動のことを大して知らないので、ニュースで見る限りのことしか分からないけれど、思うところはこんな感じです。
これ、いいね~
http://www.nihon-oktoberfest.com/fest_place/yokohama/index.html
夢の祭典!
テーマパークだ!
連休中に行くかも、です。
プロフィール
HN:
硝子
HP:
性別:
非公開
自己紹介:
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本、ライヴ、映画、靴、洋服
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